こんにちは、Portafortuna♪光琉です。
ちょっと久しぶりに塩野七生さんの作品を読み返すシリーズ。「ローマ人の物語」のⅣ「ユリウス・カエサル ルビコン以前」、文庫だと⑧⑨⑩ののうちの⑧です。
いよいよ登場、早くも登場のユリウス・カエサルです。ということは、ローマ全史のクライマックスということであり、この「ローマ人の物語」のクライマックスでもあるということですね。塩野さんはハードカバーで全15冊にも及ぶ「ローマ人の物語」のうちの2冊をカエサルに割いています。Ⅳでルビコン以前を、Ⅴでルビコン以後について書いています。
一応念のためですが、ユリウス・カエサルはラテン語で、英語だとジュリアス・シーザー、ラテン語の長男と言われるイタリア語だとジューリオ・チェーザレです。
そしてルビコンというのは、北イタリアのエミリア・ロマーニャ州を流れる川の名前です(イタリア語だとルビコーネ)。場所によってはまたげる程度の小川です。小川ですが、とても重要な意味を持つ川でした。当時はこのルビコン川から南がイタリア本国でした。軍団を率いてこの川を北から南に渡ることは禁止されていました。誰が禁止していたのか?元老院です。ルビコン川を渡って南に軍隊を向けるということは現体制である元老院に刃向うということです。刃向うことが何を意味するのか?かつてポンペイウスも軍団を率いてルビコン川を北から南に越え、そのままローマに進軍しました。あるいはスッラもマリウスもルビコン川を渡河はしなくともルビコン川より南側でローマに向けて軍団を進軍させました。クラッススも然りです。でも、カエサルがルビコン川を渡ったのとはその意味合いがまるで違いました。諺にもなるほどの意味を持っていたのです。そしてカエサルが残したあの有名なセリフはこの川を渡る前に発せられることになります。
カエサル、会ってみたい歴史上の人物No.1です。この人なくして現代の西欧はない、世界はないとまで言われる人ですからね。桁違いに優れた政治家・軍人・作家であったカエサルですが、有名人たらしめていることで他にも忘れてはならないことがあります。数々の愛人遍歴と天文学的額の借金です。そういう負の面も併せ持つからこそより魅力的なカエサル、これから読み進めるのが楽しみです。
ユリウス・カエサル ルビコン以前 ローマ人の物語Ⅳ(文庫第8冊)
この文庫第8冊のうち前の方3分の2は「勝者の混迷」で書かれていた内容がほとんど重複する感じで書かれています。ただし、カエサル側から見て書かれています。グラックス兄弟が活躍したのはカエサルが生れる二、三十年前のことでしかなく、カエサルが幼少期にはマリウスやスッラは存命中、出世街道驀進中のポンペイウスに至っては6歳年上でしかなく、この人たちの時代を理解しておかないとカエサルの諸々の行いを理解することができないという塩野さんの考えから敢て重複させたそうです。
カエサルのフルネームはガイウス・ユリウス・カエサルです。ユリウス一門に属するカエサル家のガイウスと言う名前です。ユリウス一門はローマの母胎といわれたアルバロンガの名門貴族であり、ローマがアルバロンガを征服した後は、ローマの貴族に列せられました。しかし、名門のユリウス一門に属しているとは言えカエサル家はこれまであまり有能な人物に恵まれず、結果経済的にはさほど豊かではなく、家も当時のローマの中心地フォロロマーノに近接する庶民地区スブッラにありました。生家跡は古代からすでにはっきりしないそうです。
「ローマ建国から数えれば六五三年、西暦ならば紀元前一〇〇年の七月十二日、ガイウス・ユリウス・カエサルは、このローマのスブッラの家で生まれた。偉人の誕生には付きものの、一段と輝きを増した星が降りてきたとかのエピソードはない。・・・(中略)・・・母の愛情を満身に浴びて育つ。生涯を通じて彼を特徴づけたことの一つは、絶望的な状態になっても機嫌の良さを失わなかった点であった。楽天的でいられたのも、ゆるぎない自信があったからだ。そして、男にとって最初に自負心をもたらせてくれるのは、母親が彼にそそぐ愛情である。幼児に母の愛情に恵まれて育てば、人は自然に、自信に裏打ちされたバランス感覚も会得する。そして、過去に捕われずに未来に眼を向ける積極性も、知らず知らずのうちに身につけてくる。」
嘘くさいエピソードがない偉人か、人一倍合理的だったカエサルらしいな。でも今ごろあの世で「誰か俺にもエピソード考えてくれよ~」とか言って笑っているんじゃないかな?その横では愛人が「そうよ、あなたのおかげで人間は成長したのに恩知らずどもね」なんて怒ってたりして。母の愛情には僕も恵まれたんやけどな~、バランス感覚なんてないな~。あったらたぶんこんな苦戦していない。「過去に捕われずに未来に眼を向ける積極性」か、過去から学ばずに未来しか見ない積極性なら持ち合わせとんのやけどな~。しかもカエサルの言葉をもじれば「見たいと欲する未来」だけを。だいぶ残念。
「勝者の混迷」の中で描かれたマリウスによる陰惨な復讐劇。元部下のスッラとの争いに敗れ、国賊扱いされ、惨めな逃避行を強いられたマリウスがスッラ不在の隙に乗じてローマを軍事力で掌握。自分に惨めな逃避行を強いた元老院議員や経済界の人々を殺しまくりました。
このマリウスはカエサルの伯母の夫であったことから伯父にあたります。そしてマリウスが殺しまくった人々の中にはカエサルの別の伯父二人もいました。
「十三歳の少年(カエサル)にとっては、生まれてはじめてのショッキングな出来事であったろう。伯父が、別の伯父二人を殺したのである。(カエサルの住む)スブッラと(さらし首の並んだ)フォロ・ロマーノは近い。彼自身は見には行かなかったとしても、血の匂いは感じとれたはずである。後世の研究者の一人は、ユリウス・カエサルは生涯血の匂いを嫌った、と書いたが、その発端は、十三歳であった年に彼の身辺で起こった、この惨事であったかもしれない。・・・(中略)・・・感受性に恵まれた人にとっての少年時代の体験は、その人の考えの基盤にならざるをえないのだろう。」
カエサルが血の匂いを嫌ったというのは意外ですが、嫌っても無理はないでしょうね。十三歳ですからね、トラウマでしょう。僕も感受性に恵まれた人の一人に入れてもらえるな、たぶん。というか、全員が全員当てはまるんとちゃうやろか?少年時代の体験が考えの基盤にならない人なんておる?
最後に自分の経歴に傷をつけてから死んだマリウスですが、武将として多くの外敵からローマを守り、平民の生活向上に尽力した人物として庶民の間では英雄視されていました。マリウスの死後に民衆派の頭目を引き継いだのはキンナでした。このキンナの娘とカエサルは十六歳で文字通り政略結婚をします。父を早くに亡くしたカエサルは母アウレリアに育てられますが、このアウレリアは知性豊かな女性で、後にはローマ女性の鑑と称えられるようになります。カエサルは壮年期になっても母に政事の相談をしていたそうです。カエサル最初の結婚は、この母アウレリアの意向が影響していたのではないかと塩野さんは考えます。民衆派の頭目の娘と結婚させる、すなわちカエサルは民衆派であると公言させるようなもので、動乱の世においてこれは一種の賭けであったと。
「カエサルの生涯を彩ることになる勝負師的性向は、この母親からの遺伝であるのかもしれない。」
名門の家に生まれた宿命でしょうが、十六歳でこんなん背負わされるなんて大変。僕なんて十六歳で決めた重大なことと言えば文系か理系かぐらいでしたけどね。次元が違い過ぎる。勝負師か、度胸がないとなれませんよね。サラリーマン辞めて店を始めるなんて僕も勝負師だと思われちゃうんだろうけど、僕は度胸がないのでちっとも勝負師なんかじゃありません。
キンナがしょうもない事故で死んだ後、ポントス王ミトリダテス問題を解決したスッラがいよいよイタリアに帰国しました。民衆派対スッラ率いる元老院派の内戦勃発です。
「ルキウス・コルネリウス・スッラという男の最大の特質は、良かれ悪しかれはっきりしていることであった。言動の明快な人物に、人々は魅力を感ずる。はっきりする、ということが、責任を取ることの証明であるのを感じとるからだ。敵にまわさなければ、痛快でさえある。」
少なくとも現代の日本の政治家はいかに明確にしないかに全神経を使っているように見えますが、だから魅力を感じないわけですね。
「部下たちは彼に心酔していた。彼が指揮した戦闘が、常にあざやかな勝利で終わったからだけではない。人は、仕事ができるだけでは、できる、と認めはしても、心酔まではしない。言動が常に明快であるところが、信頼心をよび起こすのである。」
トランプさんは一見言動が明快だから一部の人には信頼され心酔させられるんでしょうが、朝令暮改の人だから多くの人は信頼しないし心酔もしない。
「そして、スッラの強みには、悪評に強いことも加わる。つまり、世間の評判を気にしない男であったのだ。」
SNS全盛期のこの時代にはなおさらこの性質は大切ですね。現代人の多くはスッラのこの性質を見習わないと。僕はこの性質をまあまあ持ち合わせている方だと思います。
さて、時間はかかったものの勝利したのはスッラでした。勝利するとすぐに民衆派を殺戮したスッラ。その処罰者リストの中にはまだ十七歳のカエサルの名前もありました。民衆派の象徴マリウスの甥であり、マリウス死後の民衆派を継いだキンナの娘と結婚していたカエサルですからスッラにしてみれば敵だったわけです。ところが、当時はまだ政治的な活動は一切しておらず、父親はすでに死んでおり、結婚していたとはいえまだ十七歳のカエサルには跡取りもいません。それでさすがにスッラの周囲の人たちでさえも助命活動をしたのでした。度重なる助命活動にとうとうスッラも折れて処罰者リストから削除されたカエサル。削除しながらスッラはこうつぶやいたそうです。
「きみたちにはわからないのかね、あの若者の中には百人ものマリウスがいることを」
これについて「勝者の混迷」の中で塩野さんは
「非凡だからこそ非凡を見抜けたのだろう」と言います。
あな恐ろしやスッラ!まだなんにもしていない十七歳つかまえて「百人のマリウス」やって。四半世紀もすればスッラの予見が当たることになるわけですが、何を根拠に見抜けたんやろ?そんな才能欲しいわ~。
「もしも壮年になってのカエサルのライヴァルがポンペイウスでなく、スッラであったならばどうなっていただろうとは、歴史を学問としてだけでなく教養としても愉しむ人の好む「イフ」の一つである。答えは、簡単には出ないだろう。だが、紀元前八三年当時のスッラは五十五歳、カエサルは十七歳だった。これも、人間にとっては幸運の一つなのである。」
え!?ってなりました。読み返しました。人間にとっての幸運なの?「カエサルにとっては幸運」というのならすんなり読めるんですが、人間にとって幸運!非凡対非凡の対決。激戦は避けられず、後のカエサルの言葉を借りれば「人間世界の悲惨」が待ち受けていたということでしょうか。そうなったらガリアやペルシアあたりがチャンス到来と喜んでますます「人間世界の悲惨」が拡大したかも。そう考えると確かに人間にとって幸運か。
処罰者リストから名前を削除するに際にして、スッラはカエサルにキンナの娘と離婚することを条件にしました。もはや命令でした。スッラはもちろんスッラの周囲も、そして助命活動に参加した他の人たちもみんなカエサルがこの条件を当然呑むものと考えていました。ところがカエサルは拒否します。おかげでカエサルはローマ市内はもちろん、イタリア本国にも居られなくなり、小アジアにまで渡って身をひそめるはめになりました。若い頃から豪胆だったからだ、民衆派のリーダーを目指しているからには当然だ、妊娠中の妻を捨てる気になれなかったからだ、と研究者は推察しますが、塩野さんはもうひとつ理由を考えます。
「絶対権力者といえども個人の私生活に立ち入る権利までは有しない。と考え、十八歳当時も、その自己の考えに忠実に行動したからではなかったか。後にカエサルも絶対権力者になるが、そのときでも彼は、強硬な反カエサルだった人の娘を妻にしていた彼(か)のブルータスに対してさえ、また他の誰に対してさえも、この種のことを匂わすことすらしていない。スッラも、首尾一貫しているところが特質だったが、カエサルも、年齢のちがいも思想のちがいも超えて、その点では似た者同士なのであった。」
言動が明確な人に惹かれるというのと合い通じるところがあるように思います。自分の立場が変わっても首尾一貫して通す、魅力的です。
それにしても、もし本当に十八歳のカエサルがこう考えて実行していたのであればさすがです。「絶対権力者やからと言って人の私生活にまで口出すなよ!」ぐらいは考えていたかもしれませんが、十八歳当時の僕だってそう考えたかもしれませんが、だからと言ってそれを実践できてしまうのがやっぱりさすが、常人じゃないですね。
奴隷であり従者である同じ年ごろの若者数人をおそらくは従えて小アジア西岸に渡ったカエサル。
「青年カエサルにとっては、生まれてはじめてほんとうの意味で親もとを離れるのである。愉快でなかったはずはない。」
だろうな~。怖いもの知らずの青年たち。影が差すとは思えない。だいたい当時はローマより小アジアの方が発展していて豊かだったんですからなおさらでしょう。長い修学旅行やないですか。僕も行きたいわ。
「若さは不幸にさえも明るい光りを当てる。また、カエサルの人となり自体が、マイナス面よりもプラス面のほうに眼が行く性格でもあった。」
不幸の原因と度合いによるとは思いますが、確かにそういう面がありました、若い頃の僕にも。マイナス面よりもプラス面に眼が行く人って、生まれつきやろか?羨ましい。
小アジアに渡ったカエサルはそこ担当のローマ属州総督のもとを本名を名乗って訪ね、入隊してしまいます。その総督はスッラの部下だった男です。僕に言わせれば「何考えとんねんカエサル!スッラにバレるやん!小アジアまで来といてわざわざ捕まりに行くようなもんやん!」となるのですが、そうは考えやんのやろな名を遺すような人は。実際、親分肌だったその総督はカエサルを厚遇して迎え入れます。
そして、ことあるごとにローマの覇権にたてついていたレスボス島を攻めることになりました。島を攻めるわけですから本格的な海軍が必要になります。ローマの同盟国であるビティニア王国に海軍派遣の要請に派遣されたのがカエサルでした。
「総督から王の許に送られたこの使節は、使命感に燃えたあげくに早々に任務を終え、軍船隊を率いて馳(か)けもどってくる、というようなことはしなかった。軍船の準備が整うのを待つという大義名分があったにせよ、その間ビティニア王の宮廷で、オリエントの豪奢を満喫して過ごしたのである。」
愉快ですね、カエサル。大物っぷりを見せつけてくれます。
このレスボス島攻略がカエサルの初陣になりました。そしていきなり、「直訳すれば「市民冠」とするしかない“勲章”」を受け取りました。「自らの生命を賭しても味方を救った戦士に与えられる勲章」でした。ローマ軍の中では二番目に価値のある勲章でした。
レスボス島を制圧した後、しばらくして別の属州に配置転換を申し出たカエサルでしたが、ローマからスッラの死を報じた急使が到着。四年ぶりにローマに帰国を果たしました。
しかし、スッラが死んだとは言えローマはスッラ派が牛耳っています。民衆派はスッラによって根こそぎ刈り取られていたからです。
二十三歳になったカエサルは弁護士業を開業します。ただ、当時のローマでは弁護士は弁護士役にもなれば検事役にもなりました。そしてカエサルの初仕事は検事役になりました。しかし、あえなく敗訴。次の仕事も検事役でした。この時はスッラ派の大物を狙ったのですがこれにも敗訴。出鼻を挫かれたカエサルは弁護士で身を立てることを諦める以外ありませんでした。しかし、
「ローマの有力者たちは改めて、四年前にスッラの命令を拒否した若者が、この告発者と同一人であることを思い出した。」
たとえうっすらでも爪痕を残したカエサル。カエサルでも失敗することがあったんですね、しかも弁舌で。
スッラ派の大物を相手に負けたカエサル。ほとぼりを冷ます必要を感じたカエサルはまたしても国外脱出です。今度は海外の“大学”に進学することにしました。
「進学先は、アテネと並んで当時の“最高学府”の名が高かった、ロードス島に決めた。」
負けて良かったやん!と言いたくなるほど楽しそう。
「幸いにして、待つことを知り楽天的でもあったカエサル」でしたが、ロードス島に向かう途中、乗船していた船が海賊に襲われて捕虜にされてしまいました。待てるって才能やと思います。楽天的な人って自分の能力に自信がある人ですよね。あるいは自分が強運の持ち主だと自覚している人。じゃなきゃ楽天的になんてなれないと思います。もしどっちでもなかったら、それはただの能天気。
「勝者の混迷」の中で描かれたポンペイウスによる海賊一掃作戦が行われる前です。捕らわれの身となったカエサル。海賊はカエサルのことは知りません。それでカエサルの身代金は二十タレント(ギリシアの通貨)だと言い渡しました。「二十タレントは、四千三百の兵を集められるほどの金額」でした。
「ところが、自分の値がそれと聴いた若者(カエサル)は、大笑いした後で言った。「おまえたちは誰を手中にしているのか知らないのだ」。そして、自分のほうから身代金を、五十タレントに値上げしたのである。」
史家たちが皆書くように、若くしてすでに豪胆で自己顕示欲も相当なものだった感じは確かにしますね。でも塩野さんはもう一つ指摘します。人を殺すなど躊躇しない海賊に捕まった以上殺されないことが第一。カエサルは二十タレントでは危ないのではないかと判断したのだろうと。もし本当にそうであったのならサバイバル能力もすごいですね。
従者を金策に送り出したカエサル、ここでもやはり大物っぷりを見せつけてくれます。従者が戻るまでの三十八日間、「おずおずするどころか、高慢に振舞った。」そして、海賊たちの武術訓練や娯楽には一緒になって参加。
「また、海賊たちを、書きためた詩や演説の聴き役にも使った。彼らの誰かが脇を向いていたりすると、知性にかける野蛮人だと言って叱ったりもした。」挙句の果てには、
「しばしば、この人質は海賊たちに向って、いずれは縛り首にしてやる、と言って脅した。」
愉快愉快で、笑っちゃいますよね。どこまで大物やねんカエサル!
従者が身代金をもって戻ってきて自由の身になったカエサル。「近くの町ミレトスに急行し、船を借り、人を集め、それを率いて海賊征伐に出発する。」そして見事海賊全員を捕虜にします。その上でその地域担当の属州総督に報告に行きました。ところが総督は海賊たちの財宝にしか興味を示さず、海賊たちの処置はカエサルに一任されました。カエサルは本当に全員を縛り首にしました。有言実行ですね、笑えないけど。
そして当初の目的通りロードス島に向かいます。
「気候のおだやかな地中海世界の中でも、ロードス島のそれは、一、二を競うのではないかと思う。冬も厳しくなく、夏の盛りでも摂氏二十五度を越えることはまれだ。終日吹き通う微風が、寒さも暑さも和らげてくれる。薔薇の花咲く島という意味でロードスと名づけられたこの島は、気候に恵まれていただけでなく地勢にも恵まれていた。」
ロードスってロマンチックな名前なんですね。これはもはや留学先というより遊学先ですね。快適過ぎて勉強なんてしていられなくならんのやろか?
「学問にのめり込む性向はなかった」カエサルは「何ごとによらず、愛しはしてものめり込む男ではなかったのである。」
バランス感覚が良いと言うか、節度があると言うか、ずるいな~カエサル。
ロードス島での留学が一年ほど続いたころ、ビティニア王が後を同盟国ローマに託して死にました。ローマはビティニアの属州化を決めます。その初代属州総督としてカエサルの母方の伯父アウレリウス・コッタが赴任してきます。カエサルはあっさりロードス島を捨て伯父のもとに駆けつけます。
ところがビティニアの東隣は「勝者の混迷」の中でたびたび登場したポントス王国です。スッラの死後ポントス王ミトリダテスはまたもやこの地域での影響力拡大を狙ってちょっかいを出し始めていました。法学者としても政治家としても有能であったアウレリウス・コッタでしたが、軍事面での才能は乏しかったようでミトリダテスに簡単に負けてしまい、ほどなく病死してしまいます。ローマはスッラ派の重鎮ルクルスの派遣を決めますが、カエサルには軍隊に居場所がなくなりました。
とそこにローマから、伯父アウレリウス・コッタの死により空席となった神祇官のポストに甥であるカエサルが任命されたとの知らせが届きます。ローマでは専門の神職ではなくただ祭儀を担当する人でしかありませんでしたが、カエサルにとってはほとぼりが冷めたことを意味しました。
二十七歳のカエサルは三年ぶりにローマに帰国します。あわせてカエサルは軍団内での立場としては高級将校にあたる大隊長に立候補して当選します。と言っても、神祇官は十五人中の一人、大隊長にいたっては一個軍団につき二十人もいる役職です。
「注目を浴びる昇進ではまったくなかった。」
とは言えまだ二十七歳ですからね、かなり出世しているように思いますが・・・。
大隊長になったものの「スパルタクスの乱」への召集の知らせもなく活躍の場を与えられなかったカエサルでしたが、三十一歳で会計検査官に当選しました。ローマでは執政官以下「名誉あるキャリア」と総称される国家の要職はすべて無報酬でした。そして「名誉あるキャリア」の最初のステップがこの会計検査官でした。スッラの改革により会計検査官になれるのは三十歳からと決められていました。
「われらがカエサルも、三十一歳になってようやく、「名誉あるキャリア」のスタート・ラインに立ったことになる。」
ちょっと待って塩野さん、「ようやく」って。三十歳からしかなれないのを三十一歳でなったんやからめっちゃ順調じゃないですか!?
アレクサンダー大王やスキピオ・アフリカヌス、ポンペイウスなんかと比べたら遅いかもしれませんが、めちゃくちゃ頑張ってるじゃないですかカエサル?
「名誉あるキャリア」をスタートさせたカエサルでしたが、任地は「遠スペイン」と呼ばれていたイベリア半島南部でした。ポンペイウスが「セルトリウス戦役」を終わらせたばかりで、問題の少ない地方でした。
この頃からすでに「若きダンディを地で行く派手な生活ぶりと、その結果である莫大な額の借金によって」なかなかの有名人だったカエサル。この時点での借金の総額は、「十一万以上の数の兵士を、一年間まるまる傭(やと)える金額」であったそうです。
さすが、スケールが違う。
何に使っていたのか、一つは当時は高価だった本だそうです。
「カエサルの読書量は、当時の知識人ナンバー・ワンと衆目一致していたキケロでも認めるところであった。」
やっぱりな、そうやよな~。軍功以外にもあれほどの功績を残そうと思ったら、相当本読んで勉強しないとできませんよね。借金してまで本を読むって知への欲求も相当なもんですね。
何に使っていたのか、二つ目はお洒落。お洒落としても有名だったカエサルですからね、納得です。三つ目は友人および「クリエンテス」と呼ばれる今で言う後援会の人々とのつきあい。いつの世も政治には金がかかるわけですね。そして四つ目、待ってました、ご想像通りです。愛人たちへの高価な贈り物代です。
「名家出身でも金持ちではなく、輝かしいキャリアなど薬にしたくもなかったのが当時のカエサルだが、また、女性的と思われるほど整った顔立ちを美男とした古代では特別な美男子でもなかったが、すらりと背は高く均整のとれた肉体と、生き生きとした黒い眼と、立居振舞いの争えない品位は、彼を、同年輩の若者たちに混じっていてもひときわ目立つ存在にしただろう。それに加えて、アイロニーとユーモアをふくんでの彼の会話も愉しかった。高価な物など贈らなくても、女たちにモテたろう。しかし、贈物をもらえば、女は嬉しく思う。カエサルは、モテるために贈物をしたのでなく、喜んでもらいたいがために贈ったのではないか。女とは、モテたいがために贈物をする男と、喜んでもらいたい一念で贈物をする男のちがいを、敏感に察するものである。」
この本を初めて読んだのはかれこれ二十年近く前になるのですが、最後の一文はどういうわけか強烈に印象に残っていて、今回読み直している時にも「お~、お~、ここや、ここや、出てきた、出てきた」って感じでした。マダムに聞いたら「そうかな?そうでもないけど」と言っていましたが、女性の皆さんどうでしょうか?
さて、「名誉あるキャリア」の第一ステップ会計検査官として遠スペインに派遣されたカエサル。「問題の少ない属州だったために、一年間の任期は可もなく不可もなしで終わった。」任期中、大西洋に面しジブラルタル海峡にも近い商港ガデス(現カディス)に立ち寄りました。
そこには「半神ヘラクレスに捧げられた神殿があった。“出張”の途次そこに参ったカエサルは、ヘラクレス神よりも、神殿内に安置されていたアレクサンダー大王の像のほうにより強い印象をもつ。そして、その像の前で独り言を言った。「アレクサンドロスが世界を制覇した歳になったのに、自分は何ひとつやっていないではないか」カエサルも自己反省したのである。身近な人や「クリエンテス」たちからすれば、自己反省ぐらいやってもらいたい心境であったろう。・・・(中略)・・・少しは気を引きしめてもらいたい、くらいの想いはあったにちがいない。」
いやいやいや、カエサル順当にキャリア積み上げているじゃないですか。女グセの悪さと借金以外は合格点あげてくださいよ。カエサルも何も自分と大王を比較せんでもええやん、相手は大王やで。ユリウス一門もカエサル家も今までひとかどの人物を輩出してないんやから、まわりの人もカエサルにそんなに期待していないと思うんですが。「カエサル家の倅やからあんなもんやろ」みたいな感じじゃないのかな?
「しかし、自己反省はしたものの、任期終了と同時に帰国したカエサルの生き方は、表向きには以前と少しも変わらなかった。あいかわらず派手に借金し、それをおおらかに費消し、おかげでプレイボーイの名声だけは高まったが、反省したり奮起したりした様子は少しも見られなかった。」
頼もしいな~、カエサル。でも実は、能ある鷹は爪を隠す、かも。というのも、この頃からカエサルの生き方に「一本の糸がすっきりと通っている」のがわかるようになってきます。その最初の現われが、伯母ユリアの葬儀でした。伯母は民衆派の象徴マリウスの妻だった人です。マリウスの死後十八年が経過していますが、スッラによって国賊にされ、それは今なお解除せれていません。スッラにより民衆派は壊滅させられたので、世は未だにスッラ派の天下。しかしながら、民衆にとってマリウスは今でも英雄のままです。
カエサルは当時のローマの風習に従い伯母の夫であった亡きマリウスの蝋人形を作らせ、伯母の葬列に参列させたのでした。夫とは言え国賊の像を参列させたのです。
「これは、スッラによって壊滅状態に落とされた「民衆派」を再建するという、暗に、ではあっても宣告であった。」
いよいよカエサルも動き出す感じがしますね、ワクワクします。
「この「民衆派」再建宣言にもとられるカエサルの行為に、スッラ派が牛耳る元老院は何一つ反応していない。ローマのお偉方たちが、元老院に議席を得たばかりの若いダンディを問題視していなかったからである。」
生前のスッラは十七歳のカエサルの力量をすでに見抜いていましたから、えらい差ですね、節穴だらけ。
しかしながら、カエサルを重要視していなかったのは民衆も一緒でした。この頃の庶民の憧れの的はポンペイウスでした。ほどなく「勝者の混迷」の中で描かれた海賊一掃作戦と、オリエント平定作戦が始まりました。
ポンペイウスがオリエントで活躍している間の「紀元前六五年、三十五歳のカエサルは、「名誉あるキャリア」、つまり政治キャリアの第二段階に到達する。按察官(エデイリス)に選出されたのである。この官職への三十五歳での就任は、人々の注目を引く昇進ではまったくなかった。よく評しても、順当というところである。」
着実に出世していますね。任期中にカエサルは「ローマ街道の女王」とも呼ばれるかの有名なアッピア街道の大々的な補修工事を行い、そして明らかに人気とりを目的にした剣闘士試合を派手にプロデュースします。これらをカエサルは自費で賄います。と言ってももちろん借金ですが。
「カエサル個人の借金は、按察官を務めた一年間の出費によって、すでに莫大であったものがもはや天文学的な数字に変わる。とはいえ、借金は身を滅ぼすとは考えない彼は、平然としてはいたのだが。」
そして「街道修理や派手な剣闘士試合で集めた人気を、カエサルは活用する。スッラが破壊させたままで十六年が過ぎていたマリウスの戦勝記念碑を、再びもとの場所に再建したのだった。」
これはもはや「政治的行為」でした。ところが、自分たちの英雄を記念する碑の前で涙する民衆を前に、元老院は眉をひそめる以外は何もできませんでした。
「だが、これによって、ローマの庶民はカエサルを、自分たちの希望の星とみるようになる。」
怖いぐらい戦略家ですね。
「アレクサンダー大王やスキピオ・アフリカヌスやポンペイウスのような早熟の天才でなくても、男ならばせめて、三十歳になれば起ってくれないと困る。それなのにカエサルが「起つ」のは四十歳になってから」
塩野さん、起つってどれくらいのレベルで?三十歳でそんな起てるかな?要求高いな~。こちとら五十歳でまだ寝転んでいます。
紀元前六三年、ローマの神職ヒエラルキーのトップ最高神祇官だったメテルス・ピウスが死にました。「国家行事には祭儀がつきものであったローマ」ですから「空席はただちに埋められねば」なりませんでした。「功なり名をとげた人が就任する名誉職と思われていた最高神祇官」のポストをカエサルは狙います。元老院議員になってまだ日が浅く、経歴もまだ大したことはなく、おまけに三十七歳とまだ若いカエサルには不利な選挙でしたが、ここでも借金をしてまで選挙活動を大々的に行い、そのポストを勝ち取りました。
「最高神祇官は名誉職で、利権とはまったく関係のない公職だった。野心満々の若いエリートが、借金までして狙う公職とは思われていなかった。」にもかかわらずカエサルは狙いました。
「カエサルという男は、あらゆることを一つの目的のためだけにはやらない男だった。彼においては、私益と公益でさえも、ごく自然に合一するのである。最高神祇官就任も、その一例であったにちがいない。元老院体制という従来の集団指導方式に、統治能力はもはやなしと考えていたカエサルである。それを打倒した後に樹立する新秩序は、権力とともに権威もそなえていなければならなかった。・・・(中略)・・・迷信にも無縁で人一倍合理精神が豊かであったカエサルは、宗教もまた、統治に重要な一要素と考えたのだと思う。」
ここ唸りました。このころにはすでに元老院打倒を考えていたのかと思うと恐ろしい男ですカエサル。
「最高神祇官に就任したと同じ年、カエサルは、再び親友ラビエヌスを通して、元老院議員のラビリウスを告発した。訴因は、三十七年前の紀元前一〇〇年に、ときの護民官サトゥルニヌスとその一派を殺害した折りの主犯であったというのである。この事件は、・・・(中略)・・・急進的な改革を強行しようとした護民官サトゥルニヌスの再選の試みを、元老院は非常事態宣言にも似た「元老院最終勧告」を発布して、実力でつぶした事件だった。」
三十七年も前の話ですからラビリウスはすでに年老いています、さらに可もなく不可もない平凡な一元老院議員でした。世論はラビリウスに同情し、カエサルにとっては不利な状況でした。そこでカエサルは茶番劇を演じ、この訴訟を笑劇のうちに終わらせてしまいました。
「だが」と塩野さんは言います。「これを、若きカエサルの未熟ゆえのオッチョコチョイと見たのでは、読みを誤る。」カエサルの真の狙いはラビリウスを弾劾することではなかったのです。
ローマには「センプローニウス法」というガイウス・グラックス(グラックス兄弟の弟)によって提案され成立していた法律がありました。その中で、ローマ市民権所有者は、たとえ死刑の宣告を受けても市民集会に控訴する権利をもつと定められていました。にもかかわらず元老院は「元老院最終勧告」を発動することでこの権利を踏みにじってきました。
「カエサルは、「元老院最終勧告」の発布を受けて、護民官サトゥルニヌス以下のローマ市民を裁判もなく控訴権も認めずに殺害した一人として、老いたラビリウスを法廷に引き出すことで、「元老院最終勧告」の非合法性を、市民たちの前で洗い出す魂胆であったのだ。そして、あわよくば、元老院にとってのこの最強の武器を、彼らの手からもぎ取ることも。・・・(中略)・・・しかし、結果は一場の笑劇で終わった。だが、笑劇で終わったことは、敗北で終わったことではない。」
着実ですねカエサル。ちなみに後の話になりますが、史上最後の「元老院最終勧告」をうけるのはカエサル自身になります。
紀元前六三年には、ローマ社会を震撼させた事件が起こります。史上「カティリーナの陰謀」と呼ばれる事件です。
「紀元前一世紀、地中海世界全域の覇権者になったローマは、カルタゴに勝った当時でさえ味わったことのない、経済の大規模な活性化にゆれ動いていた。多くの物産が、とくに日常必需品でない華美な品が、東地中海域からローマに流れこんだ。質実剛健を誇っていたローマの男たちも、その波を頭からかぶることになる。若者たちにとっては、金はいくらあっても足りない時代になった。借金は、支配階級の子弟の間でさえも、ごく普通の現象になっていた。」
没落貴族の出身だったカティリーナ。武将としての才能に恵まれ、情容赦なく命令を実行することからスッラから重宝されました。しかし包容力に欠けていたカティリーナは、スッラの死後は同年輩のポンペイウスに大きく差をつけられていました。カティリーナも時代の子、借金を重ね、首が回らない状況になっていました。カエサルとは違い借金は身を滅ぼすと考えていたカティリーナは、自分がこのようなことに苦しむのは社会の所為だと憎むようになりました。資格の面では申し分ないカティリーナは、借金全額帳消しという経済原理を無視した公約を掲げて執政官選挙に立候補しました。しかし、3年連続で落選。
「絶望は、人を過激にする。とくに、生まじめで思いつめる性質の人ほど、容易に過激化しやすい。」
絶望にかられて過激な行動を起こす。グラックス兄弟の支持者たちも一緒でしたね。カティリーナたちはクーデターを企てます。しかし、その計画について塩野さんは一刀両断に切り捨てます。
「一見しただけでも、ずいぶんとずさんな計画である。」
だいたい悪事を働く連中というのはどこか抜けてて、一人ぐらいおバカがいますよね。ここでもそういう困ったちゃんがいました。
「首謀者グループの末席に連なっていた一人が、ことの成功はまちがいなしと思ったのか、得意気に愛人の女に打ちあけてしまったのである。その女は秘かに執政官キケロの家に行き、聴いたことをすべて告げた。」
映画とかドラマみたいな展開ですね。アホやな~、コイツ。女の方も女の方やけど。キケロからのご褒美目当てかな?キケロがどこまで腹黒かったか知らんけど、ヘタしたら自分も殺されるのに。
元老院議員の間では、黒幕がいるんじゃないのか?との憶測がながれ、具体的に二人の名前があがっていました。一人は大金持ちのクラッスス。クラッススが勝手にライヴァル視しているポンペイウスがオリエントで目覚ましい活躍をみせて、まもなくローマに凱旋してきます。その前にクラッススがローマを手中にしようとしてカティリーナをそそのかしたのだと噂されました。そして黒幕と噂されたもう一人がカエサルです。借金で首が回らないのはカエサルとて一緒だと、だから借金帳消しになって喜ばないはずはないというのが理由でした。とは言ってもカエサルは借金など気にもしていませんでしたが。
ただの噂とは言えこれは放っておくわけにはいかず、二人とも手を打ちます。まずクラッススが切り抜けました。一方のカエサルは一芝居うちます。しかも自分を政敵視している小カトー(救国の英雄スキピオ・アフリカヌスを政敵視した大カトーの曾孫)を巻き込み、その小カトーを元老院で嘲笑の的にまでしてしまうというあざやかなやりかたで切り抜けました。さすがはカエサルです。
さて、女からの報告があって陰謀があかるみにでたカティリーナ一派ですが、証拠がなかったため元老院も手を下せずにいました。かの有名な執政官キケロによる「カティリーナ弾劾」演説で追い詰められたカティリーナはローマを去りましたが、その仲間はまだローマにいました。その後、証拠をつかまれた五人がついに逮捕されます。その五人への対処をどうするか元老院で議論がなされました。ここで確認しておかないといけないのですが、これはあくまでも元老院すなわち国会での議論であって、裁判ではないということです。
発言した初めの二人は五人の死刑を訴えました。つぎに発言したのはカエサルでした。
「われわれ後世の者に遺されているカエサルの発言の中で、これが“処女作”になる。処女作にその後のすべての萌芽があるとは作家に対してよく言われることだが、それは作家にかぎらないのではないか。また、カエサルは、・・・(中略)・・・その言行は終始、一貫していた男であった。」
この時のカエサルの演説全文を塩野さんが訳してくれていますが、文庫本で7ページにわたります。その演説には品位があり説得力もあり、抑制が効いていて理性的、そして具体的で明快。感嘆しながら何回も何回も読み返してしまいました。
元老院派すなわちスッラ派がいまだ牛耳っている元老院でのこの演説でカエサルは堂々とスッラ批判、スッラ派批判までしちゃいます。さすがカエサル。
「理性に重きを置けば、頭脳が主人になる。だが、感情が支配するようになれば、決定を下すのは感性で、理性のたち入るすきはなくなる。」
ぐうの音も出ない。でも実践するのは難しくって、だいぶ失敗してきたな~。
「元老院議員諸君、すべての人間は平等に、自らの言行の自由を謳歌できるわけではない。社会の下層に生きる下賤の者ならば、怒りに駆られて行動したとしても許されるだろう。だが、社会の上層に生きる人ならば、自らの行動に弁解は許されない。ゆえに、上にいけばいくほど、行動の自由は制限されることになる。つまり、親切にしすぎてもいけないし憎んでもいけないし、何よりも絶対に憎悪に眼がくらんではならない。普通の人にとっての怒りっぽさは、権力者にとっては傲慢になり残虐になるのである。」
最近の世の中は、逆になっていませんか?上層の人は何をやっても許され、下層の人には弁解も許されない。ゆえに、下にいけばいくほど、行動の自由が制限される。
「人々は刑罰について議論するときは、罪とされることの本質を忘れ、刑罰そのものが重いか軽いかしか考えなくなる。」
はい、僕もその一人です。
「わたしの考えるところでは、涙と不幸の中での死は、罰であるよりも救いであると言いたい。人間は、生きている間は死すべき運命をもつ者の味わうあらうる悲惨を経験するが、死ねば、喜びもないかわりに苦もなくなる。」
同感です。
「民衆というものは常に、誰かに、機会に、時代に、運命に翻弄されるものである。そして、その結果がどう出ようと、彼らはそれに値する存在でしかない。しかし、議員諸君、あなた方はそうではない。それゆえに今、例をつくれば、それが以後どのような影響をおよぼすかも考慮しなくてはならない。」
責任重大だな~。そしてカエサルはつづけます。
「どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によったものであった。」
このカエサルの発言は、今後繰り返し出てくることになるのですが、ニュースを読んだり聞いたりするときに頭の片隅においておかなければならないと思っています。一方で、たとえはじめは善意やったかもしれやんけど、今それが時代に合わなくなってきているのならそれを変革するのは現代の人々の責務ですよね。昔は確かに減反が必要やったんでしょう、でも食糧自給率が問題視されるようになって何十年過ぎとる?JA叩くのはお門違いやと思います。
「われらが祖先がもっていた知恵と徳によって、小国家だったローマも現在の大帝国にまで成長したのだ。彼らに比べて今日のわれわれが手中にしているのは強大なる権力であり、それを使うにはより一層の思慮が求められても当然である。」
古今東西ほとんどの権力者にはこういう考えはなさそうですよね。
カエサルは五人を死刑ではなく資産を没収したうえで別々の地方都市に監禁してもらう案を提案しました。
そして、カエサルを政敵視している小カトーがここでもしゃしゃりでてきました。
小カトーのことですから案の定カエサルを批判した上で反対の意見、すなわち全員の死刑(正確には元老院最終勧告の実施)を主張しました。その演説は全体としては「え?なんでそうなる?」というような感じなんですが、ところどころ同感するところもあるんです、不思議と。
「優先さるべきは、この大罪をどう予防するかであって、罰をどうするかではない。しかも、他の罪ならば、それが犯されてはじめて処罰さるべきだが、この場合はちがう。犯されるのを防ぐことが優先する以上、いまだ実害がなくとも裁かれてしかるべきだ。」
若干ひかからなくもないですが僕もこの意見には賛成です。実際にクーデターを起こす計画進行中だったわけですから。
「不死の神々に誓ってあなた方に訴えたい。あなた方の心は、正直言って国家の利益よりも、あなた方所有の邸宅、別荘、彫像、絵画のほうが占めてきたのだ。・・・(中略)・・・国家の行方にも少しは配慮すべきである。」
お偉方に向ってよく言った三十二歳の小カトー。立派なもんだ。
「わたしは、誤ったことをしようと考えること自体がすでに、処罰の対象になりうると考える。」
先の方の「考える」を「計画する」「企む」に代えたら僕も処罰の対象になると思いますが、「考える」だけで処罰の対象だとしたら、僕なんてもう何回も処罰されてます。
「諸君、ここで問題にされているのは、われらが祖国の偉大さでもなく祖先の賢明さでもなく、われわれが現に所有している物品が、われわれの手許に残るか、それとも敵の手に落ちるかなのだ。それなのに、ある人物は、寛容や慈悲を説くのだからあきれる。」
え~!そうなん?物品なん?問題を矮小化してへん?それに寛容や慈悲なんて説いてなかったぞ。それどころか演説の最初の方で「多くの王も多くの民も、怒りか慈悲に駆られたあげく滅亡した」って言っとったぞ。
「まったく、ここしばらくわれわれは、言葉の真の意味を忘れて使っているようである。他人の所有物を浪費することを自由と呼び、悪事を企てることを勇気と呼ぶ。」
時間もその人の所有物ですよね、そしたら「他人の時間を浪費することを自由と呼ぶ」、SNSなんかまさにそんな感じがしませんか?悪事を企てることを勇気と呼ぶ、今も変わっていませんね。
「巧みな論法で、少し前にカエサルは、生と死について論じた。わたしの受けとったのでは、死後を重視し、暗闇でわびしく粗暴で世にも怖ろしい世界における、善人と悪人の異なる運命を述べたかったようである。」
生と死?善人・悪人の運命?おい、大丈夫か小カトー、何をどう聞いたらそんな話になるんや?
結局元老院は執政官キケロに対し「元老院最終勧告」という強権を発動させることを決議します。すなわち逮捕者5人の死刑が決定したことになります。でも最初に断りましたが、これは裁判ではなく言うならば国会です。逮捕者と言えども5人はローマ市民権所有者です。ローマ市民権所有者にもかかわらず裁判も控訴権もなく死刑が確定したのです。おまけに実際にはまだ何もしていないのに。ローマは法治国家だったはずなのに・・・。
元老院議会が終わり議場を出たカエサルでしたが、待ち受けていた人々から袋叩きにあいます。友人たちが助け出してくれなかったら殴り殺しにされていたところでした。
一方、ローマを去っていたカティリーナのもとには一万二千の奴隷や貧民たちが集結しました。が、大部分の人々は武器も武装もないありさま。カティリーナは彼らの多くを故郷に返します。それでも三千がカティリーナのもとに残ります。そこにローマ正規軍三万が迫ります。結果は
「自ら敵陣に斬りこんだカティリーナ以下、三千の全員が討死した。捕虜になった者は、一人もいなかった。背を斬りつけられた者もいなかった。全員が、顔や胸を刺されて死んでいた。」
切ないな~。時代の波に上手く乗れずに翻弄された揚げ句に首が回らなくなって起こそうとしたクーデター。自分たちの責任だと言ってしまえばそれまでですが、「背を斬りつけられた者もいなかった」の一事に苦しくなります。苦しんで苦しんで逃げる場を失い人生に絶望して自ら進んで殺されていったんだろうな~と思うとやりきれない。
さて、「カティリーナの陰謀」事件を解決してクーデターを未然に防いだローマですが、元老院にはさらなる不安が待ち受けていました。海賊退治をあっという間にやってのけ、返す刀でミトリダテスを封じ込め、さらにオリエントまで平定させてしまったポンペイウスがいよいよローマにかえってくるからです。ポンペイウスははたして元老院による集団指導体制を維持してくれるのだろうか?不安で仕方がなかったんですね。若くして成功を納め、今もまだ若く、民衆からの絶大な人気を誇るポンペイウスです。
「もしもポンペイウスさえその気になれば、彼には、紀元前六三年の段階で軍事クーデターを敢行できるすべての条件が整っていた。」
もはや統治能力を失っていた元老院ですが、ポンペイウスが戻ってきたらどうなるのか、楽しみですね~。
でもその前に、元老院議員も一般の市民もそろって面白がって事の成り行きを見守ったスキャンダルが起こりました。
女神を祭る祭祀のこととて当日は男子禁制となっている最高神祇官カエサル家に女装した名門貴族が忍び込むというスキャンダルが起こったのです。
「これまでずっと他人の妻ばかりを寝取ってきた男が、今度はじめて寝取られた(らしい)ことで、皆々おおいに愉しんだのである。」
カエサルは妻(キンナの娘は病死していたので二番目の妻)を離婚します。が、反カエサル派は「職務怠慢だ」と言ってカエサルを攻めます。それに対するカエサルの言葉が傑作です。
「カエサルの妻たる者は、疑われることさえもあってはならない。」
塩野さんじゃなくても笑っちゃいますよね、「おいカエサル、お前よくもまあそんなこと堂々と言えるな!自分はさんざん好き勝手やっとるくせに。どの口が言うんねん!」って。さすがカエサルやわ~
結局、ローマ一の金持ちであり、カエサルの最大の債権者であるクラッススが陪審員を買収することでスキャンダルを乗り越えたカエサル。紀元前六一年は属州総督として「遠スペイン」に派遣されることになります。以前会計検査官として赴いたのと同じ属州ですね。
ところが、カエサル家に債権者たちが押し寄せ家から出られない事態に陥ります。面白過ぎるで、カエサル。「カエサルが貯めこんだ借金は、この頃ともなると天文学的な数字に達していた。」そしてここでもクラッススが他の債権者にたいして自分が肩代わりすることを約束することでなんとか事態を解決します。
クラッススがなぜこんなにカエサルを助けるのか。文庫第八冊の最後に塩野さんが考察しています。カエサルの借金があまりにも膨大すぎてカエサルがこけるとさすがの大金持ちクラッススもピンチになるからだと。ここまでいくともはや債務者の方が債権者よりも力をもつ逆転現象が起ると。債務者カエサルがこけないように債権者クラッススが全力で支えないといけなくなったんだと。なので
「この後も、意に反しはしても結局はカエサルの出世に手を貸すことになるのは、いつもクラッススなのであった。」
クラッススにも存在意義があって良かった、クラッススがこの世に生まれてきた意味はここにあったわけですね。
カエサルは自分の資産を増やすことには関心がなかったそうです。スッラと一緒ですね。そして
「この男は、自分の墓にさえ関心がなかったようである。事実、彼の墓はない。」
どこまでも格好良いカエサル。
「他人の金で革命をやってのけた」ぐらいの人ですから、「債権者に首根っ子を押さえられるようでは、国家大改造を最終目標にした権力への驀進などはやれるものではないのである。」