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徒然なること

塩野七生さん「勝者の混迷・ローマ人の物語Ⅲ」を読み返す・その④

2025-02-20

こんにちは、Portafortuna♪光琉です。

バターサンドをイートンで限定提供中

スコーンと並ぶ当店の至宝メニュー「大人の贅沢バターサンド」。以前ご紹介したことがあるので、そちらもあわせてご覧いただきたいのですが、こだわり尽くしたメニューのため値段もそれなりです。事前予約制のテイクアウェイでしか提供していないのですが、お客様から「食べてみたいんやけど7個セットはちょっと・・・店でも食べられるようにして欲しい」とのご要望を結構いただきます。ということで、ただいま期間限定ですがイートインで提供しています。この機会にぜひお楽しみ下さい。紅茶はルフナやアッサム、ケニアなどミルクティー向きの紅茶をストレートで合わしていただくのがおすすめです。

さて、塩野七生さん「勝者の混迷・ローマ人の物語Ⅲ」を読み返す④です。
ここまでグラックス兄、グラックス弟、マリウスと三人が順番に活躍した時代について書いてきましたが、今回はスッラの時代です。

「勝者の混迷・ローマ人の物語Ⅲ」その④

ローマからはるか東、黒海沿岸に「血も涙もない男だったが、英明な君主であった。」ミトリダテス六世率いるポントス王国がありました。ミトリダテスは隣国の後継者争いに裏から手を回すなどしてその地方の覇権を狙っていました。そこに先の同盟者戦役です。長引くと読んだミトリダテスは軍事行動を起こし、ローマ属州の旧ペルガモン領にまで侵入します。その上、その地に駐在していたローマ市民8万人を虐殺します。だから内乱なんてしてちゃダメなんですよね。言わんこっちゃない。

ところが、ミトリダテスの予想は外れて短期間で内乱が終了したローマは、ミトリダテス鎮圧のための準備を始めます。鎮圧隊の総司令官はスッラでした。スッラは兵士を集めるなど準備をすすめるのですが、そこにあのマリウスがでてきます。護民官の一人とタッグを組んでスッラからミトリダテス鎮圧隊の総司令官の座を奪います。怒ったスッラは同盟者戦役で自分と一緒に戦った兵士たちを集め、ローマ市内をいとも簡単に制圧します。また内乱やん!護民官は殺されフォロ・ロマーノでさらし首に、マリウスは最終的にはアフリカにまで逃げます。国賊とされたマリウスの逃避行はみじめで屈辱にみちたものとなり、このことが後程ローマに禍をもたらすことになります。そして、この機に乗じてスッラは、元老院の権力を増す法を通したりします。が、東方のミトリダテス問題を忘れてはいません。
「スッラが、ローマを中途半端な状態に残したままでオリエントに発ったのは、彼が、ものごとの解決の優先順位を明確にし、決めたからには迷わない男であったからである。」
実際に迷いはなかったのか、それとも本当はあったんやけどないかのように振舞ったのか・・・。すぐれたリーダーとしての資質があったということでしょうね。こうじゃないと下の者は困ります。

スッラがオリエントに向けて発った途端に、執政官キンナはローマを追われた国賊マリウスの名誉挽回をはかります。そして六千の兵をひき連れてアフリカからローマに舞い戻ったマリウスとともにローマを制圧。みじめで屈辱的な逃亡生活から怨念のかたまりと化していた七十歳のマリウスの復讐が始まります。五日五晩のうちに元老院議員、経済界の人々合わせて千人以上を殺します。
「元老院の良質な人材が、この殺戮によって消滅したことになった。」
さらに悪いことにこの殺戮を実行したのは奴隷の一隊でした。自由にすると餌を与え殺戮させたうえで、終わった途端にその奴隷たちをも皆殺しにしました。で、ですよ。うっぷん晴らしたマリウスはまもなく死にました。
気分悪い話ですよね。かつての栄光も全て帳消し、どころか悪人としての記憶しか残らない。どうせすぐ死ぬんやったらアホなことする前に死んどけよ。

マリウスの死後はキンナの独裁になります。民衆派の頭目となったキンナは民衆受けのよい法を通したり、スッラとスッラ派の人々を国外追放・財産没収してしまいます。スッラを国外追放してしまったということは、ミトリダテス鎮圧のためにオリエントに発ったスッラとその兵士たち全員がローマの非正規軍になったということです。でもミトリダテス鎮圧は必要、と言うことでキンナは新たにローマ正規軍を編成しオリエントに送り出します。
なんて無駄なことを、馬鹿っぽい。
「ローマで起ったことをスッラが知らなかったわけではない。現代のように情報は瞬時に伝わる時代ではなかったが、情報は、その重要性を理解する人々には必ず伝わる。」
自分のことを重要だと思ってくれる人には情報の方から寄っていくんやろか?
「スッラは、ローマの情勢をすべて知っていた。知ってはいたが、動じなかった。」
これが大物か。でも、この時点でスッラはミトリダテスとローマ正規軍の二方に敵を持つことになりました。

物事に優先順位をつけるスッラのことです。まずはミトリダテスと対峙します。ミトリダテスは今では、ローマの圧政からギリシア民族を開放する英雄のように見られています。ギリシアをミトリダテスから引き離す必要がありました。そのギリシアではアテネがこの時代でも精神的支柱。アテネを攻略すればギリシアも攻略できます。スッラはまずアテネを攻略しました。その上でミトリダテスが送って寄こした大軍相手に二度にわたって完勝します。そしてミトリダテスと講和を結びます。これで一方の敵を片付けたスッラ、次はローマ正規軍です。

小アジア西部で対峙したローマ正規軍とスッラ率いるローマ非正規軍。でも兵士たちは同胞同士。自分たちの陣営を築き終わっていた正規軍の兵士たちは、非正規軍の兵士たちが陣営を築くのを手伝ったりします。手伝ううちに食事をともにし、寝泊まりまでします。正規軍の総司令官が気づいた時には正規軍の陣営はもぬけの殻。非正規軍を討伐に行った正規軍が非正規軍に吸収されるありさま。喜劇ですよね。兵士たちはじめっからやりたくなかったんでしょうね、きっと。上の方の人たちの権力争いに巻き込まれていい迷惑だって思っていたんじゃないのかな。この一件で正規軍の総司令官は近くの神殿の中で自害してしまいます。
これで両方の敵を処理したスッラ。小アジアからひとまずアテネに戻ります。ここで一年を過ごし、ミトリダテスに講和の条件を守るように睨みを利かせつつ、同時にローマのキンナと民衆派にも無言の圧力をかけます。

「力の激突が予想される状態での睨み合いでは、双方ともが相当なプレッシャーに耐えねばならない。そして、最初に行動を起すのは、この機を逃せば好機は二度とめぐってこないと信じて決断したときか、または、プレッシャーに耐えきれなくなった場合である。キンナのケースは、自分では前者であったと思っていたが、実際は後者なのであった。キンナには、軍団総司令官の経験がなかった。」
プレッシャーに極めて弱い僕には耐えられないな、キンナに親しみを感じちゃいます。
キンナは兵を集めてギリシアに向おうとしますが、イタリアから出る前に規律のない群衆と化した兵士たちのいざこざに巻き込まれ、「つまらない事故で」死んでしまいます。

いよいよスッラが、イタリアのアドリア海側の玄関口ブリンディシ(プーリア州)に上陸します。ここからまたもや内乱が始まります。スッラのもとにはキンナ時代には身を潜めていた人たちが馳せ参じます。その中には、高校の世界史でも習う後の第一次三頭政治のうちの2頭クラッススとポンペイウスもいました。
「戦争とは、それが続けられるに比例して、当初はいだいてもいなかった憎悪までが頭をもたげてくるものだ。前線で闘う者は、何のために闘っているのかさえわからなくなる。ただ、憎悪だけが彼らを駆り立てる。内戦が悲惨であるのは、目的が見えなくなってしまうからである。」
同盟者戦役の時と同じですね。目的も忘れてただ憎いから殺す、こんなんで殺されては浮ばれませんね。

2年に渡る激闘の末、内乱はスッラの勝利で終わりました。スッラによる反対派一掃の始まりです。元老院や経済界の人々四千七百人が殺されるか財産没収されました。没収した財産は競売にかけられ、それで大儲けしたのが先ほども出てきたクラッススです。スッラもマリウス同様に殺戮には奴隷を使ったそうですが、その後奴隷がどうなったかは知りません。

そして、十万もの軍勢を従えたスッラは元老院に圧力をかけ独裁官、しかもローマ史上初となる任期無期限の独裁官になります。独裁官が一人で決めたことがそのままローマの政策になります。
市民権制度や福祉問題、元老院改革、司法改革など様々なことに手を付けます。そしてスッラによる改革の本丸・護民官制度の改革です。
「護民官制度の改革ほど、スッラの考えをよく反映しているものもない。スッラは、グラックス兄弟によって白日のもとにさらされて以後のローマの混迷の原因が、統治能力の衰えた元老院と強大化した護民官の権力にあると考えた。護民官の権力の強大化が、ローマ社会にはびこる不公正現象の噴火口にすぎなかったとは、考えなかったのである。・・・(中略)・・・もちろん、すぐれた政治感覚をもつスッラのことだ。護民官制度を廃止するなどという、現状では国家の分裂につながる暴挙はしない。制度は存続させながら、内実の無力化を狙ったのである。」
「ルキウス・コルネリウス・スッラは、「元老院体制」としてもよいローマ特有の共和制という「革袋」を、懸命に修繕しようと努めたのである。あちこちのほころびもただ単に古くなったがゆえであり、丈夫な革きれをあてて補強した革袋の中には、新しい葡萄酒を入れれば、まだ充分に使用可能であると信じていたのだった。・・・(中略)・・・つまり、当時のローマ人にとっては、彼らの社会の諸問題の解決の必要は認識していたものの、「革袋」はもはや捨てるしかなく、捨てて新しいものを創り出すしかないという考えは、彼らの理解を越えていたのである。ただ一人の、人物を除いて。」
めちゃくちゃわかりやすい例えですね。スッラはかつてのように少数でしかない元老院がローマを牛耳る、これこそが理想のローマの姿だと思いこんでいたんですね。ガイウス・グラックスのところで塩野さんが書いていた「元老院が、全ローマ市民の指導者であらねばならない。」をそこからさらに四十年経っても信じて疑わなかったってことですね。
塩野さんは歴史学者よりもスッラを高く買っているそうですが、「懸命に修繕しようと努めた」の「懸命に」「努めた」というところにスッラ贔屓の気持ちがよく表れていますよね?僕やったら「頑なまでに修繕しようとした」とか「意地を張って修繕しようとした」ぐらいにしか書かないもんな。それにしても、「ただ一人の人物」が気になります。

独裁官になって2年の間に政治改革をやり遂げたスッラは、突然、独裁官を辞任します。スッラに批判的な歴史学者も「権力に執着しない潔い行為」と称賛するそうですが、塩野さんの考えは違います。スッラが目指したのは少数指導制である元老院体制の再建であった。この政体を維持するには一人の突出した存在を認めるわけにはいかない。スッラは自分自身が独裁官の座に居座ったままではその一人の突出した存在になってしまう。自分の成した国政改革を完全にしたければ辞任するしかなかったのだろうと考えます。独裁官に就任したのもスッラの考える正しい姿のローマにするために必要であったのだ。
「もちろん、権力に執着しない潔い行為と、大衆が拍手喝采するのは勝手であり、それによる利益も少なくない。理を理解する人が常にマイノリティである人間世界では、改革を定着させるにはしばしば、手段を選んではいられないからである。」
その気になればずっと独裁官の座に居座ることもできたのに、自分の理想を貫くために自分を特別扱いしなかったのは立派だと思います。潔いというより立派。理を理解できるようになるには何が必要なのかな~?理があると思っても、疑い深い性格だから素直に物事をとらえられやんのさな~。

独裁官を辞任したスッラは政界からも引退します。私財を貯め込むことには生涯無関心であったスッラ。南イタリアに豪華ではない別荘を建てて隠居生活をおくります。そこで釣りや散策、回想録を書いて一年を過ごした後で死にます。独裁官になる前も、間も、その後も公生活と私生活の区別をはっきり分ける生き方を変えませんでした。「公生活ではストイック、私生活ではエピキュリアン」を生涯貫きました。回想録の中でスッラは自分のことを「フェリックス=幸運に恵まれた者」と繰り返し書いているそうです。ローマ人の中には自分の名前の後に尊称・綽名を付ける人がたくさんいます。ポエニ戦役の英雄スキピオ・アフリカヌスのアフリカヌスもこれです。スッラも回想録の中で自分をルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリックスと呼んだそうです。良いな~この綽名、僕も光琉フェリックスにしたいな。
店もポルタフォルトゥーナ♪・フェリックスにするかな。

スッラの古参兵たちに圧力をかけられたからとは言え、元老院はスッラの国葬を決めます。壮麗な国葬には「市民の末にいたるまでが参列した。」そうです。
権力の外で生きるほとんどの人々にとって、自派と他派で殺しあおうが、被選挙権で不利になろうが、陪審員が元老院独占に戻ろうが関係なく、外敵から守ってくれて、小麦を安く買えるようにしてくれれば良いわけです。壮麗な国葬もパレードでも見る感覚やったのかな。