こんにちは、Portafortuna♪光琉です。
塩野七生さん「ユリウス・カエサル ルビコン以前 ローマ人の物語Ⅳ」②
地中海全域からの海賊一掃作戦を短期間でやってのけさらにはオリエント平定まで成しとげた軍事の天才ポンペイウスが、紀元前六二年末近くになってついにイタリア本国ブリンディシ(ブーツの踵・現プーリア州にある街)に六万のローマ正規軍とともに帰国します。市民は熱狂、元老院は不安とともに迎えます。選挙を経ない六百人の元老院議員だけでローマを牛耳る少数寡頭制を守り抜こうとする元老院は、一人の傑出した人物を望みません。六百人がなるべく機会均等に権力を回し持つことがこの体制を維持するのに不可欠だからです。若くして軍事面で次々と成功し、兵士からも市民からも熱狂的な支持を得ていたポンペイウスはそれゆえ元老院からは危険視されます。ポンペイウスはイタリア本国に上陸するとともに規則通りに軍を解散するだろうか?もしかすると軍を従えたまま首都ローマに進軍、強力な軍事力を背景に独裁者として君臨しようとするのではないか?と元老院は戦々恐々としていました。かと言ってもはや統治能力はなく、何の手も打てない元老院でしたが。ところが政治的ではないポンペイウス、あっさり軍を解散します。少数の供ぞろえを従えただけで首都ローマ城外に到着します。ブリンディシからローマまでの長い道のりは高名な武将を一目見ようと詰め掛けた市民でずっと埋め尽くされていたそうです。そしてそこでも規則通り、ローマの市内には入らず元老院に対して、凱旋式の挙行許可、次年度の執政官への立候補許可、六万の兵士たちへの退職金代わりの耕作地の配布、そして平定したオリエントの編成案の承認を求めます。いたってまっとうな要求であって無理難題でもなければ、体制崩壊を狙うものでもないし全部認めれば良かったものの、やっぱり元老院はここでも無能を露呈します。軍を解散してしまったポンペイウスは怖い存在ではないと「自分たちの力の過大評価につながってしまった」のです。凱旋式に関してはすんなりOKします、だって費用はポンペイウス自分持ちですからね。しかし他の3つについては正式に拒否もしないかわりに許可もしないという馬鹿げた態度で臨みます。ローマには凱旋将軍が市民集会で戦役の報告を行う習慣がありました。凱旋式に先立ってその機会を与えられたポンペイウスですが、演説は苦手。恩を仇で返す元老院についてこの場で市民に訴えたら良かったもののそんなこともできずに終わります。
「この時期の彼は、海賊一掃と東方制覇によって他者の追随を許さない貢献を国家に対して成した、という自負でいっぱいだった。自負心も、強くなりすぎると他者への伝達の意欲を欠く結果に終わりやすい。」
う~、苦笑い。逆はどう?劣等感が強くなりすぎると他者への喧伝の意欲がわく、正しそう。痛い奴やん。
結局これで元老院のポンペイウス軽視が決定的となってしまいました。英雄をです。
さて、このポンペイウスの演説の直後から一年間、この巻の主人公我らがカエサル氏はスペイン属州総督閣下としてスペインに赴任します。このころのスペインは平穏でしたから特に目立った活躍もしなかったのですが、結果的にはローマ国家にとっては減収となるような税制改革を行ったり(当然スペインでは喜ばれました)、現ポルトガルの制覇を行ったりしただけで帰国します。ポルトガル制覇はカエサルが凱旋式挙行を狙っていたからです。もちろん見栄もあったんでしょうが、カエサルですからそれだけではなく、翌年の執政官選挙への立候補を決めていたので民衆からの支持強化を目論んでいたわけです。ところが、カエサルがスペインに赴任していた間にポンペイウスはすっかり厭気がさして別邸に引きこもってしまっていました。心配の種のなくなった元老院はこの世の春を謳歌。民衆派として台頭しつつあったカエサルを危険視していた元老院は、凱旋式を挙行したいというカエサルの願いを鼻であしらいます。執政官への立候補かローマ男最高の栄誉である凱旋式挙行か、どちらかしか選べないように元老院が意地悪をします。
悩んだ揚げ句「四十歳のカエサルは、名よりも実をとった。栄誉よりも、権力を選んだのであった。」
アホやな元老院、そりゃカエサルも潰したろうと思うやろ。
カエサルは民衆に人気がありました。でも、人気と支持は別です。カエサルはそのことをわかっていました。執政官に立候補しただけでは当選確実とは言えない。そこでカエサルが考案し話をまとめたのが、世界史で習ったあの「(第一次)三頭政治」です。ポンペイウスが旧部下たちにカエサルに投票するよう働きかける代わりに、執政官になったカエサルはポンペイウスの旧部下たちに農地を給付し、かつオリエントの再編成案も承認するという秘密協定が結ばれました。これでカエサルの当選は確実となりました。が、当時のポンペイウスとカエサルでは力関係が釣り合いません、圧倒的にポンペイウスの方に力がありました。そこでカエサルはこの2者協約にあのクラッススを引き入れます。ポンペイウスとクラッススは不仲でしたが、クラッススは経済界の代表。この経済界の協力なしにオリエントの再編成が上手く行かないことはポンペイウスも承知していました。ここに三者の利害が一致、三頭政治が成立します。
カエサル(民衆支持)・ポンペイウス(軍事力)・クラッスス(経済力)の三頭でローマを支配しようとするこの体制は、これまでローマがとってきた少数寡頭制とは明らかに違います。三頭政治の存在は秘密のままにされます。四十歳になったカエサルは圧倒的得票数を得て執政官に選出されます。同僚執政官には元老院派のビブルスが当選しました。
この「三頭政治」に対する研究者たちの評価は、実力者三者の私益のためのものであったとするのが大半の意見だそうです。でも塩野さんの見方は違います。ポンペイウスとクラッススについては確かにそうだが、カエサルについては半ばしか当てはまらないのではないかと。
「カエサルという男は、・・・(中略)・・・一つのことを一つの目的でやる男ではないのである。つまり、私益は他益、ひいては公益、と密接に結びつく形でやるのが彼の特色である。なぜなら、私益の追求もその実現も、他益ないし公益を利してこそ十全なる実現も可能になる、とする考えに立つからである。この考えは、別にカエサルが天才であったから考えつき実行できたことではなく、われわれ凡人の多くも、意識しなくても日々実行していることである。自分自身のやるべきことは十全にやることで、私益→他益→公益となることによって。なぜなら、人間の本性にとって、このほうがよほど自然な道筋であるからだ。」
「自分自身のやるべきことは十全にやる」、それが他益になり公益になる、うん、そうありたいな~。
「三頭政治」でのカエサルの私益は執政官当選と任期中の強力な“与党”の確保(軍事力をもつポンペイウスと経済力をもつクラッススからの支持)、他益はポンペイウスとクラッススへの利益誘導、公益は、これこそカエサルが最終目標としていた新政体の樹立ですね。統治能力を失った元老院による少数寡頭制を廃して一人の人間によって統治される政体=帝政を樹立することです。
「体制側は弱体化し無力を露呈しつづけてきた。何かあれば、マリウスやスッラやポンペイウスという、優れた個人が乗り出さないかぎり、問題の解決は成らなかったのである。」
今ある制度を補強・補修したらなんとかなると考えていたのがスッラでしたね、カエサルはそんなんじゃもうダメだと見抜いていたわけですね。
塩野さんは「三頭政治」は現代で言えば国連ではなくサミットのようなものだったと言います。
「カエサルによる新秩序樹立を目標にした国家の大改造は、・・・(中略)・・・「三頭政治」の樹立によってはじまるのである。」
実際、「三頭政治」の出現により元老院主導によるローマの共和政は崩壊したという研究者もいるそうです。さらっと読んでいる間に気づけばこんな重大な局面になっていた感じがしてキツネにつままれた気分です。
でもボケっとしているのは僕だけじゃないようで、
「この種の徴候に気づく同時代人は、いつの世にも少ない。おそらく、ポンペイウスもクラッススも、「三頭」システムの真に意味するところを知らないで参加したのではないかと思う。」
当事者もそうなんやったら僕が気づくわけないわな。借金と女たらしと民衆人気しかないと思われていたカエサルが、この時点ですでに誰にも気づかれずにローマを支配するための布石を打っていたわけですよね、恐ろしい人やわ。
執政官に当選したカエサルは腹心バルブスにキケロを訪問させるなどして元老院派の懐柔を図ります。お人好しのキケロはそれにすっかり欺かれます。「ポンペイウスですら飼い慣らせたのだからカエサルならもっと簡単だろう」とまで侮ってしまう始末。
しかし、年が明けて紀元前五九年一月一日執政官に就任したカエサルは「飼い慣らされるような器ではないことを示すことになる。」
古い慣習を復活させることで自分がローマの伝統の破壊者ではないことを市民に印象付けておいてから、早速改革をはじめます。
まず、これまでは非公開だった元老院での討議を全て速記させて市民に公開することにしました。誰がなんと発言したか全部わかってしまうようにしたわけです。これが新聞のはじまりと言われているそうです。
ローマでは法案の政策化には二つの方法がありました。一つ目は元老院で可決し、市民集会が承認する方法。二つ目は元老院は反対しても、市民集会が可決する方法。要するに元老院が賛成しようが反対しようが市民集会がOKすれば良いのですが、元老院は支配者層ですから、この人たちが反対したものを無理やり市民集会で通そうとするといろいろ良くないことが起こるわけです。グラックス兄弟殺害はその代表例ですね。
カエサルは、ポンペイウスが提案したのに元老院が意地悪をして宙づり状態になっていたオリエントの再編成案を、しかし二番目の方法で可決させます。さらに、元老院階級が独占していた高級公務員の資金源を断つことが真の狙いであることも明らかな(ユリウス国家公務員)法も同じ方法で成立させます。この中で公務員は一定額以上の贈り物を受け取ってはならないことも定められていたのですが、それについて塩野さん
「少額といえどもあらゆる贈物は受けてはならない、では、人間の本性に無知であることの証明でしかないではないか。」
この本が出版されたのは1995年、30年前ですね。こういうことを正々堂々と言える世の中の空気感良いと思います。今こんなことを言ったら大炎上でしょ、アホくさ。ただし、少額と言っても一兵卒の給料の三十五年分です。少額かな!?
また同じ法の中では税制の公正化も図っています。
しかし、カエサルは根っからの善人だったわけではありません。元老院派の反論に対しては、素知らぬ顔をして脅迫もすれば、執政官の職権を利用して反論を封じ込めたりもします。
そして宿願の法案「農地法」を提出します。農地法と言えば先ほどのグラックス兄弟が思い出されます。カエサルの提出した農地法もグラックス兄弟のものと基本的には同内容でした。貧民に国有地を貸与という形で与え、自立してもらう。この時代になってもローマの失業者問題は依然として深刻だったわけです。この法で対象となるのは貧民、そしてポンペイウスの旧部下たちでした。これもポンペイウスへの利益誘導ですね。この法案の中でもカエサルは元老院派に対していろいろ配慮しています。しかし、元老院派は真向から反対。小カトーなどは長演説で議事進行を妨害するなどセコい方法で対抗します。やむなくカエサルは市民集会での採決に訴えます。
「カエサルは強硬突破を決めたのである。これまで内密にされてきた「三頭政治」が、ローマの陽光の下に姿を現わすときでもあった。」
執政官であるカエサルは市民集会を招集して農地法を可決させましたが、その市民集会はカエサル劇場でした。最初から最後までカエサルの筋書き通り。おまけにその勢いに乗じて元老院に配慮していた箇所も修正を加えて可決。挙句の果てに元老院議員たちはこの市民集会での決定(=農地法制定)を尊重することをその場で全員が宣誓させられるありさま。カエサルの同僚執政官だった元老院派ビブルスは私邸に閉じこもって出てこなくなったので、残りの任期をカエサルはただ一人の執政官として国政をとりしきりました。
これではすでに独裁官ですね。
そしてその間にクラッススへの利益誘導を図ったり、一時エジプトを追われていたプトレマイオス十二世(あのクレオパトラの父)をエジプト王に復活させたりしました。またカエサルは娘ユリアとポンペイウスを結婚させます。年齢差二十五歳の政略結婚でしたが、この二人の間は人がうらやむほどに円満。しばらくポンペイウスは腑抜けになりました。そしてカエサル自身も二番目の妻を離婚した後でこの時は独身であったため、有力議員の娘と政略結婚します。でも
「政略結婚ならば不幸な結婚とするのは、いかにも早計だ。・・・(中略)・・・困難に遭遇しても機嫌の良さを失わず、他者に責任を転嫁しない性質のカエサルは、妻にとっては意外と良き夫であったかもしれない。」
と女性の塩野さんが書いているから良いですけど、男性作家が書いたら叩かれそう。なにせ「すこぶるつきの不貞な夫」ですからね。
ローマでは、執政官をはじめ国家の要職を務めた人は、その翌年一年間を属州総督としてどこかの属州に派遣されることになっています。ただ、どこの属州に派遣されるかは、要職を務める前の年に予め元老院によって決められます。執政官を務める前からカエサルは「民衆派」として元老院に危険視されていたのでここでも意地悪をされます。しかし、人気知名度実力うなぎのぼりのカエサルは執政官在任中に市民集会に訴え、元老院の決定を変更させ、自分の望む地の属州総督になることに成功します。当初は、現代の北イタリア(アルプス山脈よりこちら側のガリア属州)と現スロヴェニア・クロアツィア(イリリア属州)の二属州でしたが、すぐに現南フランス(アルプス山脈より向こう側のガリア属州)も加わり三属州の総督に決まりました。
ちょっと、大丈夫なんカエサル!?三属州って。欲張り過ぎっちゃう?二千年後とちゃうんやで?飛行機もユーロスターもないんやで、移動するだけでもめっちゃ時間かかるやん、アルプス山脈挟んどるし、無理やろ。三属州を何もせずに見てまわるだけで一年かかるやん。
属州総督にはその属州の安全保障という重要な任務があります、そのため総督には軍団が与えられます。カエサルには計四個軍団二万四千の兵士が与えられます(ローマの一個軍団の定数は六千人)。さらに、任期は通常の一年ではなく五年と決まります。
う~ん、なんで?普通一つの属州に一年やのに、三つの属州に五年。何か狙いがあるな?
任期中総督は担当属州から一歩たりとも外に出ることができない決まりです。ということは、カエサルは翌年から五年間はローマに帰ることができないということです。五年間ローマ政界に影響を及ぼせないということです。翌年すなわちカエサルが三属州の総督を務める一年目については、三頭派を執政官に当選させることに成功しました。でもこれだけでは心配なカエサル。元老院派のトップであるキケロを封じ込める必要があります。ちなみに、カエサルとキケロは政治信念上は敵対関係にありますが、プライベートでは友人同士です。友人キケロを封じ込めるためにカエサルは一人の男に注目します。これが面白いんです。さかのぼること三年、カエサルは初めて自分の妻を寝取られます。それまでにも数々の人妻を寝取ってきたカエサルが、どうやら初めて妻を寝取られたらしいと庶民に至るまでローマ中が噂し愉しみました。その寝取った男と言うのがローマきっての名門貴族の一員であるプブリウス・クラウディウス・プルクルスでした。彼は個人的にキケロを憎んでいました。カエサルはこのクラウディウスを利用します。クラウディウスは貴族の地位を捨て平民になり、平民だけに資格がある護民官に立候補しようとします。もちろん護民官の立場からキケロに復讐しようとしてです。しかし、貴族が平民に身分を変更するには、最高神祇官の許可が必要です、その地位は三年前からカエサルが占めています。カエサルは許可し、クラウディウスは名を平民風にプブリウス・クロディウスに改め、三頭の支援を受けて護民官に当選します。これでカエサルは安心してローマを離れることができるようになりました。
ここまでが文庫第九巻の前半部分です。そして、ここからかの有名なガリア戦役です。長くなりましたので続きは次に。